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交差点はむらさき色

by 葉
g.o.a.t

That was tasty.

夢を見た。いけないことをして、次はバドミントンをして遊んでいる夢を。なぜかその人は、上半身服を着ていなかった。最後の落ちはトイレに行きたいと、急いで階段をかけあがってゆく夢・・我ながら意味不明である。



閑話休題。
親友や友人って、どんな風に信頼関係を築いていきますか。そして、その人のことをどういう風に思っていますか。わたしは友人は多い方だとは思わない。親友は一人、高校からのお付き合いである。なぜだか大学の友人は大切な関係であることに変わりはないけれど、親友と呼べる(思える)ほどにまで至らなかった。

親友というと、頻繁に連絡を取り合ったり遊んだりという印象が世間一般では強いかもしれないけれど、わたしとその親友との付き合い方はとてもドライだ。連絡をしても(いや、滅多にしない)返事が返ってこないことはしょっちゅうで、それでもいいやと流すのみ。とくに突き詰めたりはしないし、出かけてもうんとかすんとかファミレス(お洒落なカフェ!といいたいところだが、残念ながら地元にはそんなのほとんどない)に入って、ちんたら時間を食いつぶしているだけだ。うーん、こんな言い方だとなんだかうまくいってないように映るかもしれないけれど、絶妙にマッチしているお互いの存在自体がかけがえのないもので、その時間を共有できる幸せをかみしめている。



その子とは大喧嘩を2度した。些細なことがきっかけで相手に不満が溜まっていたようで、わたしは何故その子が怒って悲しんでいたのかさっぱり、本当にさっぱりわからなかった。高校生の失態である。

実は、わたしの周りは一匹狼ばかりで、みんなが揃えばなんだか不思議な集団となってしまう。一匹狼といっても、ガツガツと尖がっているわけではなく、調和を重んじながらも自分の意志をきちんと持っている、というタイプ。だからわたしにとってはとても心地良く付き合いやすかった。一人でいても、誰もそれを否定しない。女子特有の同調圧力に悩ませられることも少なかったと記憶している。



そんな交友関係だったからこそ、依存心の強いわたしでも、今のような状況でも耐えられているんだと思う。友人たちは、わたしが離婚してこの地に一人で暮らしていることを知らない。まだ、知らせる勇気がどこかで砕けてしまって言えてない。

わたしは、わたしの人生を受け容れているが、まだまだ新婚夫婦や赤ちゃんが出来て幸せだろうと予想され得るその映像を思い浮かべると、気が引ける。何度も言うが、わたしは自分の守りたいものを守って、ちゃんと歩いていこうとしている。そこで変な気を遣われたくないっていうのが本音なのかもしれない。



話は戻り、親友にはわたしのことを親友だと認識されていないかもしれない。と、たまに思うことがある。しかしそれは驚くようなことでもなくて、それほど哀しいことでもない。地球にはそれはそれは沢山の人がいるじゃないか。親友が他の誰かを親友だと思っていてもなんら可笑しくないし、「わたしたち親友だよね」なんてゾッとするような約束のようなものをしているわけじゃない。



ただ、わたしは彼女の存在に救われているし、話しながら笑ったり愚痴を吐いたり、時にはお互いにほろほろと涙をこぼしたりしているその瞬間瞬間が楽しいのだ。

興味はまるで真逆なところもちょうど良いさじ加減になっているのだろう。



ー裏切られてもいい



そう思えるほど、彼女のことを信頼している。

彼女には彼女の道を、わたしはわたしの道を。そして時々交差する時間を共有できれば、もうそれだけで十分だ。また会える日まで。


(あ、これだ!と閃いたことを書くつもりが忘れてしまいました。。)


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